2017-01-01から1年間の記事一覧
充実していた。
修了したら、ボランティアをさせてもらいたい。漫然とした教義のため、雲をつかむような人たちに協力したい。
その柔軟性をも阻む。 退屈を紛らわし、痛みを和らげ、喜びを強め、ごく親密な人間関係を豊かにしてくれる… 強烈な係りや深い情動を感じた時へと引きずり戻されていると、より良い未来を思い浮かべる機会も、行くべき場所も、到達すべき目標も持ちようがない…
周りと同じだったら意味がない。 違和感がなくなったら、自分がいる意味がない。これは、もう一つの世界でも同じことが言えるんじゃないか。
考えも、行動も私ではない。
ゆっくりやればいいという気持ちになる。
温まり、力が抜けてきて、現実の不安が小さいものになる。
何故か、英語でスピーチしていた。
さっき、先生からのレスに、ここまでの過程に、柔らかいものに覆われている感じがしてきた。純粋になる感じ。
正直なメッセージを送り、何倍にもなって返ってきた。
一瞬、焦燥感ではワタワタしたが、止まることができて、受け入れられて、達成できた。とても、とても貴重な空間、時間、体験となり、自分が満たされてしまった。結果、感謝しかない。
大丈夫そうな気がしてきた。欲を出さなければ。別に目立たなくたって、居場所になった。
最初に社会に出て当たった壁は石だった。 一回のミスに対して、最後まで流してくれなかった。これは、幻覚を超えた侮蔑、度を越していたと思う。もう70歳位になっているね。
歩いて20分の距離をタクシーで出勤の毎日。
おかしなプライドのために、必要なものを遠ざけてきた。あるいは、本当に必要ではないから遠ざかってくれたのか?
それがあるから力を与えられるのかな。 自分も同じはず。
一つ一つのエラーを大事にしていけるか?誠実に取り組んでいけるか? 働く者同士のアレコレや、組織の事情に気をとられている場合じゃない。
結構ガチガチになりながら、 わかりずらい部分もあっただろうけど、自分なりに誠実に行った。 今日は抵抗していたあの人と分かち合えたり、初めて交流するあの人とも分かち合えた感触があり、とても、とても満たされた。
上の景色を眺めながら、のんびり歩いて買い物に向かう時間が大事に思う。
次第にギリギリで一つづつこなしていくローテーションになっていて、低空飛行だ。休日はのびのびしたいし。あと7ヶ月拷問のような数日間に襲われると思うと、先々の不安は尽きない。しかしこれまでも大きな山場を越えられたのは、家族が応援してくれるからだ…
今日は、頭痛がして、心が塞ぐ感じで、心細く感じたりして、いつもより何倍も家族の支えを感じた。 夜になって、宿題を完成させたら、まあまあ満足できて、やっぱりそれが原因だった。
寝ながらテレビを観てること。 これがかなり好き。
本当は手柄をあげたかった? アピールしたかった?という気持ちがわずかでもあるのだから、良心とは言えない。
今日は、そこそこ自分らしく振舞えた。本来の仕事ができました。
一年ぶりのBB、波の音と押される感じがいい。やっぱりいいな。来るたびに住みたくなる。駅から徒歩圏内の山側に住んで、自転車で海に行ける所がいい。